茂野麺紀行 第69回 金兵衛食堂

茂野麺紀行 第69回 金兵衛食堂

8月の終盤に入ったある日、仕事で銚子界隈に行くことになった。電車賃の節約の為、ネットで調べたらフリー切符があり、千葉県内の指定区域内で乗り放題。せっかくなので、仕事だけじゃなくて周辺も散策しようということで銚子の旨いものも食べようと計画を立てた。ネットで探したら、市内の美味しいラーメン屋さんがいくつかあることが判明。ところがちょっと欲張って、色々周り過ぎて、銚子に到着したのは夜になってしまう。当てにしていたラーメン店は日中で閉店する。残念。仕方無いのでその日は、和食屋さんで刺身をつまみにビール。それはそれで楽しかったが・・・。

その数日後、再び銚子方面への仕事が入った。今度こそ仕事が終わったらまっすぐ銚子へ向かうというプランにした。幸いなことに仕事は思ったよりも早く終わり、昼少し過ぎた頃に銚子市内へ入る。とても暑い日だった。本来は冷やし中華でも食べたいところだが、やはりネットで調べていたら、銚子電鉄の終点の外川という集落に天ぷらラーメンの美味しい店があるという。これは面白い。天ぷらラーメンという、ワタシ的にはちょっとあり得ないラーメンなのだが、是非食べてみたくなっていた。醤油工場から漏れる醤油の匂いと、潮風の入り混じったちょっと生臭いくらいの匂いを嗅ぎながらレトロな銚子電鉄の列車に乗る。ごとんごとんとよく揺れる列車だ。

外川の集落は高台にある。南側にある外川漁港へは急な坂道を降りる。どの坂道からも漁港が見降ろせるドラマチックな景観である。実際にこれまで様々なドラマでこの街が舞台となっているらしい。外川駅のレトロで可愛い駅舎は私もテレビで何度か観ている。あのNHKの朝のドラマ「澪つくし」もこの街が舞台だそうだ。駅を降り、潮騒が聴こえ、潮の香りが漂う路地を歩くと、まるでドラマの主人公、いや、脇役になったような気分を味わえる。

ドラマなどで、テレビに時々登場する外川駅。木造の駅舎がとても絵になる。

てもお美しい女将さん。

このビジュアルだけ見てると、やはり和風の感じだ。そう、まさしく天ぷらそばのイメージ。

その天ぷらラーメンは、金兵衛食堂という名前の店。外川の駅から徒歩5分くらいだった。パソコンで印刷した地図を頼りに歩いていたら、見当たらない。それもその筈で、のれんを降ろしていたのだ。何度か店の前を往復してごみ箱に書いてあった「金兵衛食堂」という文字でやっと発見した。それほど普通の民家と区別がつかない店舗だったのだ。オモシロいことに、ごみ箱に電話番号(5385)が記してあり、そしてルビが「ごみばこ」となっている。なるほど、5385は確かにごみ箱であり、覚えやすい。(笑)

さて、店を発見したのはいいとしても、のれんが外してあるということは、もう閉店してしまったのだろうか。時刻は2時を少しまわったところだ。せっかく来たのに駄目だったのか。焦る。銚子にはこれからそう何回も来ることが無さそうなので、絶対に天ぷらラーメンを食べてゆきたい。ダメ元で叫んでみる。すると、入口の脇から返事をする女性の声がする。「もう終わってしまったのですか?」とその声のほうに再び叫んだら、厨房のほうから女将さんと思しき女性が顔を出し、「どうぞ。やってますよ。」と笑顔で迎えてくれた。

後で分かったことには、同店は、殆ど出前専門の店で、一応昼の12時頃から1時間はのれんを出しているが、それ以降はのれんを降ろしてしまうのだという。あんまりお客さんが入ると、出前を頼んだ人に迷惑をかけてしまうので、ということだ。長い間地元に愛されている店ならではの方針だ。それはネットにもそう書いてあった。もっときちんと下調べをしてから来るべきだった。危うく食べないで終わってしまうところだった。

店内の客は私だけだった。店内は比較的綺麗にしてあるが、いかにも田舎の食堂という風情が漂っている。天ぷらラーメンを注文して出てくる間、女将さんとお話しをさせて頂いた。その後、出前に行っていたご主人が戻ってこられ、そして再びお話をして頂く。非常に気さくな方だ。

さて、待つこと10分。私の目の前に天ぷらラーメンが登場。テーブルにそっと置かれる。ほほう、ラーメンの上に海老天が載っている。それだけで、非常に奇妙な印象。しかし、いい香り。天ぷらは今揚げたばかりだ。じゅうじゅう音を立てている。

ひと口スープを飲む。見た目の黒っぽさに反して、やや甘目の醤油が際立った味。そして海老天のエキスが徐々に広がってゆく。うん、案外イケる。思ったよりもあっさりしている。和と中華が旨い具合に溶け合っているといった感じだ。麺はやや細めで、やや柔らか目だが、このスープには合っている。海老は熱々で、そしてぷりぷりしていて美味しい。

半分くらい食べ終わったところでご主人が再び厨房から出てこられ、料理の説明をしてくれる。「天ぷらはごま油で揚げているのがポイントだと思います。」と言った。鍋に入っているような板状にカットされた昆布もきっとこの味の大きな要素だと思う。このメニューは先代の頃からあったそうだ。奇をてらって最近にわかにつくったメニューじゃないことを知る。つまり歴史があるのだ。お値段は700円。海老が入っていることを考えるとCPは高いと思う。

食後に、アイスコーヒーをご馳走になってから店を出る。急な坂道を下って、外川漁港を少し散策してから再び銚子電鉄の列車に乗る。東京からそれほど遠くないのに、旅情をたっぷり感じるのは、この地独特の「とっぱずれ」的なロケーションのせいだろうか。列車を隣の駅で降り、約10年ぶりの犬吠埼の灯台を眺め、そして帰途に就いた。銚子はあらゆるところが絵になる。そして魚も旨い。また近々行ってみたい。帰宅してからも潮騒が耳に残っていた。

取材日:2012/8/30

(※)メニューや価格等は取材当時のものです

外川の駅にて。右側の車両は現在走っていないようだ。

外川の街並み。坂道の下に外川漁港がある。そしてその向こうは荒波の太平洋。

犬吠埼を南側から眺める。

北側の君ヶ浜から眺めた犬吠埼。私が小学校の頃、壁に貼っていたペナントもこのアングルだった。

ラーメン、定食 「金兵衛食堂」
千葉県銚子市外川町3-10939
TEL: 0479-23-5385

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